ヒエログリフの解読の中心、輝く二人の天才たち

歴史

エジプトには特徴的な神殿や王墓がたくさん残されています。

ラメセス2世のアブ・シンベル神殿なんて有名ですね。その王妃のネフェルトイリ(ネフェルタリ)は、あまりにも美しい墓の壁画で知られます。

どちらも世界遺産の一部になっています。でも、こんなに豪壮で芸術的な遺産の数々も、数千年経てばわからないことだらけ。

その謎に野心的な理解欲を発揮した天才たちがいました。何よりこの文字が気になる! 装飾的で美しく、どこの文字とも似ていない絵のような精緻で端正な文字――。

あちこちに刻まれ、描かれた文字は一体何を意味するのか。

今回はそんなエジプトの文字、ヒエログリフの解読者二人のおはなしです。

ヒエログリフの解読

アブ・シンベル神殿です。太陽神ラー・ホルアクティに何か献上している絵ですが、文字が分からないとさっぱりですね。実は太陽神の台詞らしきものが書いてあります。

ヒエログリフの解読者と言えば、ジャン=フランソワ・シャンポリオン氏が有名です。

フランスの言語学者ですね。ギリシャ語にヘブライ語にアラビア語、数々の言語に通じた「早熟」の天才です。

しかし解読に大きな貢献をしたと言われるのはもう一人います。イギリスの物理学者のトマス・ヤング氏です。こっちもあほほど天才ですね。活躍の場は物理に音楽薬学そして言語、ちょっとよくわかんないですね。

最終的に解読したのはシャンポリオン氏と言われます。1822年のことです。

解読の契機としてロゼッタ・ストーンが有名ですが、この石の発見から優に23年が経っていました。

二人の活躍は主に、ヤング氏からシャンポリオン氏へ一筋の道を描くようでした。最初にヒエログリフの研究者として名を馳せたのはヤング氏です。

ヤング氏は誰もが認める最先端の人でした。ヒエログリフの基本的な性格を、いくつも特定して発表したのです。しかしやがてシャンポリオン氏が追随し、一気に追い上げて解読を成し得たのでした。

トマス・ヤングとヒエログリフ

カルナック神殿のヒエログリフ
カルナック神殿の柱です。これは……左の楕円がラメセス、右がウセルマアトラーって書いてありますね。どちらもラメセス2世の名前です。

トーマス・ヤングは物理学者ですが、幼少期から数学と語学に才を発揮していました。

……薬学とか音楽でも活躍しているらしいですね、こう、やばいですね。物理学分野では「光の波動説」が有名っぽい。

語学の面でも、10代の頃には凄まじいです。ラテン語にギリシャ語、イタリア語にフランス語、アラビア語にヘブライ語まで。14歳の時点で11ヶ国語ですって。うん……ちょっとよくわかんない……。

エジプト学の分野では、ヒエログリフの解読に貢献しました。具体的には「カルトゥーシュの役割」や、「ヒエログリフは表音文字が中心という事実」に気付いたそうです。

……ヒエログリフって、基本が表音文字なんですよ。あれだけ「絵です!」って見た目しているのに、全然関係ない音だけの文字が大半なんですよ。

表意文字も混ざっているから、解読難航したんですけどね。

大半の学者は「表音文字」か「表意文字」のどっちかだと思ったし、更にその中の大半は「表意文字」だと思っていたんですよ。あの見た目ですし。

しかしヤング氏は気づいた。

ヒエログリフは表音文字が中心の混合体である。ちなみにヤング氏は中国語もできたそうです。表音文字も表意文字も知っていたんですね。そして惑わされずに「両方存在する」と特定したのです!

そしてカルトゥーシュ……つまり、銃弾のケースのような楕円で囲まれている場所は、恐らく王名を記す箇所であると!

大正解です°˖☆◝(⁰▿⁰)◜☆˖°

ヤング氏は推測に従い、カルトゥーシュに記された「プトレマイオス」の名前も同定!

ただ文字は読み間違いも多かったそうで、文字自体を「解読した」と言うには厳しかったそう。

ちなみにカルトゥーシュは本来、「結ばれた縄」だそうです。

カルトゥーシュ(cartouche=銃弾、薬莢)は、まだ意味を理解しないフランス人たちが呼んだものです。それが専門用語になったんですね。

ヒエログリフだと「永遠」や「保護」を意味する「シェン」の変形。縄の端を結ぶことで終わりがなくなる、つまり永遠……ということですね。

ギリシャ文字の「Ω」みたいな形で使われることもあるし、結び目の端を下に伸ばして、縦長の文字(どことなく銅鐸みたいな……?)になることもあります。

この項の最初にある写真に注目です。これは縦書きなので下の部分ですね。

楕円下の方をよく見ると、輪郭線にぐるぐる巻きの縄みたいな模様が書かれています。更にその下に横棒が引っ付いているんですね。わかるかな? ギリギリ写真が見切れちゃって欠けていますが。

……正直、一つ前か下の写真の方がわかりやすいですね(笑)

ともかくこれがシェンの証拠です。

横棒は縄の結び目の端なんですね。このシェンで囲うことで王の「永遠性」を象徴したり、「保護」をしたりという訳ですね。

このカルトゥーシュが王名を囲っていると気付いたのが、ヤング氏です。ちなみに文字の読む向きも正しく推測したって、どっかに書いてあった気がする。

しかしその辺りが、当時のヤング氏の限界でした。彼にはある知識が足りなかったのです。

ジャン=フランソワ・シャンポリオン

ヒエログリフが描かれた壁画は、当初絵ばかり注目されていました。文字まで全て詳細に記録したのはシャンポリオン氏の功績なのです。

シャンポリオン氏は当初、絵や観察に才能を発揮しました。

6歳には顕著だったと言います。実際絵描きとしても能力を延ばし、ヒエログリフの調査や観察に活かされました。言語の才も著しく、10歳になる前にラテン語やギリシャ語の基礎を教わっていたとか。11歳にはヘブライ語を学び始めました。

15歳には古代エジプト研究を志し、ヘブライ語の研究に関する論考も上げています。次々に多くの言語を学び、その関連性から語源を突き止めるのに憑りつかれたようです。17歳には様々な民族言語の語源解明に熱狂していると手紙に書いています。

……シャンポリオン氏が「早熟」と言われるゆえんがわかりますね。彼の歴史はどこを取っても、内容と年齢の組み合わせがおかしいんですよ((

この頃シャンポリオン氏が修めた言語に「コプト語」があります。

古代エジプト語の亜種みたいなものです。エジプトのキリスト教会である「コプト教会」で使われるので、「コプト語」と呼ばれていました。それはエジプト語でありながら、ギリシャ文字で表記するものでした。

日常言語はアラビア語のエジプトで、唯一残る古代エジプトの言語です。

話し言葉では使われず、祈りや儀式で使われた特殊な言葉を……シャンポリオン氏は完全にマスターしたと言います。頭に浮かぶ言葉を全てコプト語に翻訳して、コプト語で独り言をして学んだそうです。

要するに偏執的なまでに、ひたすら日常で使ったということです。

シャンポリオン氏は兄と非常に堅い信頼関係がありました。この兄にも非常な量の手紙を書いています。言語の天才は最初から最後まで、とにかく言語を使いまくっていたんですね。研究の成果も逐一報告していたようです。

うんうん、やっぱ言語って効率じゃないんですよ。日常で使い倒すのが一番の近道ですね!

壮麗な古代エジプトを、言語の側面から解明したい。

シャンポリオン氏の熱意は凄まじいものでした。

その後フランス革命に翻弄されながらも、シャンポリオン氏は破竹の勢いで頭角を現します。

ロゼッタ・ストーンが見つかった当初、シャンポリオン氏は8歳でしょうか。まだまだこれから言語を学ぶ段階です。ストーンの写しを手に入れたのは17歳か18歳頃だそう。

にもかかわらず、どんどん学び考え、常に言語を使って身に着けて、そして日ごとに研究しました。

やがてトマス・ヤング氏を超える時が来ました。

ヤング氏に足りなかったのはコプト語の知識です。コプト語研究者として辞書まで作ったシャンポリオン氏は、独り言で磨いたそのコプト語力で……!

ロゼッタ・ストーンのギリシャ語を、まずコプト語に翻訳しました。

それを他2つの文字と照らし合わせたのです。

まずはヤング氏の功績にあやかって、カルトゥーシュから一部の文字を特定。あとは特定した文字の前後をコプト語と見比べながら連鎖的に。

ひたすらパズルを解いたのです。

解読が発表される1822年まで、怒涛の研究ラッシュでした。あまりにも怒涛だったので、当初は「ヤング氏の研究を盗んだ」となじられましたが……やがて彼の功績も認められます。

その後シャンポリオン氏は、初めてエジプトの大地を踏みしめます。喜びも一入(ひとしお)に現地の踏査に熱中しました。

切望の遂げられるべき時です。

全ての遺跡の全ての壁画と文字を、全て詳細なスケッチにする。

そして当然書かれた文章を読み解き、神秘のエジプトを明らかにする。

水を得た魚のように活躍したことでしょう。砂漠の粉塵荒れ狂う異郷の地で、昼夜も問わず働いたかもしれません。

15か月の旅でした。夢中になって成果を上げ続けました。

1830年、シャンポリオン氏は帰国します。まだまだやることは残っています。エジプト語の文法書に取り組んだそうです。教授として教壇にも立ったそうです。

そして1832年3月――精力を全て使い果たしたかのように、病気でこの世を去るのです。

享年42歳の若さでした。ゆえにシャンポリオン氏は、いつも「早熟の天才」と言われます。

まとめ

パリのルーヴル美術館。大人気のエジプトコレクションは、シャンポリオン氏の多大な熱意と無関係ではありません。彼自身多くの文化財を持ち帰ったものです。

ヤング氏もシャンポリオン氏も、どちらも天才です。

ただシャンポリオン氏の方が言語に特化していたようです。特化と言っても学んだ言語の種類数が半端ないんですが……そしてヤング氏も大概なんですが。うん、やっぱ天才って色々やっているものですね。

ヒエログリフの解読に関しては、最終的にはシャンポリオン氏に軍配が上がったようです。

多分本当に、天職だったのでしょう。そしてあまりに才能があったために歯止めも利かず、寿命を使い尽くしたのかもしれません。

現在パリのルーヴル美術館には、多くのエジプトの遺物が展示されています。

これもシャンポリオン氏の熱意が集めたと言っても過言ではないのです。文化財の持ち出しは色々問題もありますけどね。

いくちゃんも、言語は好きなので……シャンポリオン氏の取り組みにあやかりつつ、色んな言語を学んでいく予定です。

そのうち別言語の話もするので、楽しみにしていてね!(笑)

 

[主な参考文献]
ミシェル・ドヴァシュテール『ヒエログリフの謎を解く 天才シャンポリオン、苦闘の生涯』2001年
近藤二郎『ヒエログリフを愉しむ 古代エジプト聖刻文字の世界』2004年
などなど!

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