ミイラとは簡単に言うと、死後の生き物が乾いて腐らず遺り続けたものです。
時には数千年を超えて、人の目に曝されます。
でも、どうしたらこんなことになるのでしょう?
そして、人為的に遺すにはどうすれば良いでしょうか。
古来、ミイラは多くの国や地域で生まれ、遺されてきました。
しかし、数ある文化の中で有名なのは、やはりエジプトのミイラでしょう。
乾燥処理から前後のことまで、古代エジプトのミイラの作り方を見ていきます。
古代エジプトのミイラは自然発生
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エジプトはナイルと砂漠の国。
ミイラの出来方は色々ありますが、自然発生ではやはり、乾燥気候に軍配が上がります。
そもそもミイラとは、腐らず乾燥したものであるからです。
ナイル川が南北に貫くエジプトも、東西は熱砂に囲まれています。
人々が住むのは川の周辺の農耕地帯なので、川の周辺を墓地で埋め尽くすわけにはいきません。
生活圏に死人を埋葬していたら、土地が不足してしまいます。
もちろん、あまりに遠くに葬るのも不便でしょう。
そこで、古代エジプトの人たちは、砂漠とオアシスの境界を選びました。
緑の緑が途切れたあたり、熱砂の中に埋葬していた訳です。
川の西側で熱砂に埋もれた遺体は、乾いた砂に水分を奪われていきます。
自然に乾燥処理を施され――ミイラになっていたのです。
これが古代エジプトでのミイラの自然発生メカニズムです。
新たな遺体を埋葬しようと、掘り返した砂からミイラを発見した人々は――一体何を考えたでしょうか?
繰り返す朝と夜、毎日変わらない気候、同じ時期に繰り返すナイルの氾濫……。
これはエジプトの人々の死生観に直結していきます。
すべてが繰り返すこの世界なら、死んでからも同じ世界を繰り返すのではないか。
太陽が毎日死んでは復活するように、人が死ねば人生も復活するんじゃないか。
だったらこれ、その時の身体になるんじゃないか?
お墓を作ろう! 死後の世界で幸せに生きるための、立派なお墓を……!
人々はお墓を作り始めました。
その結果、重大な事実に見舞われるのです。
一生懸命掘って、部屋を作って、棺を作って、遺体を入れたら……なんと、白骨化しちゃっていたのです!
何故なら、棺の周りには乾燥剤となるはずの熱砂がないから。
しかし、当時の人々にその理由はわかりません。
そんな訳で、ミイラづくりの探究が始まりました。
ミイラの作り方はどうやってわかる?
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ミイラの作り方は一通りではありません。
では、古代エジプトではどうしていたのでしょうか?
実のところ、調べる術は多くありません。
古代エジプト人が遺した多くの書物にも、ミイラの作り方はあまり書いていないのです。
本物を見たところで、「乾いているな、乾燥させたんだな」以上には、ほとんどわかりませんし……。
現地の人たちが書物に書かなかった理由は不明です。
書くまでもなく常識だったかもしれないし、逆に一部の専門家以上に広める必要がなかったのかもしれません。
しかし、情報源の貧困なこの技術を、ありがたいことに記してくれた旅人がいました。
そう、「エジプトはナイルの賜物」という言葉で有名な、ギリシャのヘロドトスさん。
エジプトではなくギリシャの方が――それは恐らく、旅人だからこその物珍しさで、詳細に書き残してくれていたのです。
この方ほんと色んな地域を旅していまして、著書の『歴史』は有名ですね。
そして、『歴史』の巻2はエジプト編。
その中に「ナイルの賜物」の言葉もあるし、ミイラの作り方も……この記録のありがたさときたら!
もちろん一つの記録を鵜呑みにするわけにもいきません。
しかし、ゼロと一では大違いなのです。
ここからは『歴史』を参照して、古代エジプトのミイラの作り方を見ていきます。
順序は大きく……三段階くらいに分けられそうですね。
1、準備。腐りやすい内臓や脳を処理する。
2、天然のソーダで脱水処理。
3、包帯まきまき。
現代の実験や研究で修正しつつ、裏を取って確実性を高めていきます。
ミイラの作り方その1
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1、 準備。腐りやすい内臓や脳を処理する。
ここからは内臓処理の話です。
少々ショッキングな表現になるかもしれないので、苦手な方はお気を付けください。
さて、最初に脳を摘出。
……いきなり脳を! と、人によっては衝撃かもしれません。
古代エジプトにおいて、ミイラとは次の人生のために遺す身体だったはず。
それなのに、思考も感情も真っ先に抜き取られるなんて……。
そう考えると切ないですが、古代エジプト人は、脳は大して意味のないものだと思っていました。
思考は心臓が司るんですよ。
だから取っても何も問題ありません(※という考え方でした)。
そんな訳で、曲がった針金を左の鼻から入れます。
次に、入れた針金で、奥の骨を砕きます。
針金が脳まで到達したら、取りやすいように掻き回します。
……だいぶグロテスクで容赦ないですね。
それだけ内臓は腐りやすく、しっかり処理する必要があるのでしょう。
形を保ったままよりも、崩してしまった方が取りやすいらしいです。
混ぜ終わったら、次にスプーン状の器具で引きずり出します。
ヘロドトスさんを信じるなら、この時薬品も使うとか。
さて、脳を取ったら内臓です。
まずは、エチオピア石――火打石で脇腹を切開。
取り出した内臓各種は、椰子油で洗って香料で清めます。
脳と違って、こちらは崩さないで取っておくんですね。
後で別でミイラにしますよ。
で、心臓だけは!
大事な大事な思考と感情を司る部位、魂や生命力の還る場所!
心臓があることで腐りやすくなるとしても、心臓のない抜け殻では意味がありません。
摘出するなんて論外なので、遺体の中に残しておきますよ。
他の内臓とは重要度が違うのです。
そして他の内臓が入っていた場所です。
すっからかんでは困るので、香料を入れます。
ヘロドトスさん曰く、「純粋な没薬と肉桂および乳香以外の香料」だとか。
「没薬」と「肉桂」、そして「乳香」の三つです。
詰め終えたら、しっかり縫合して準備は終了。
準備だけで大変な仕事ですね。
- 脳は要らない子
- 心臓は超重要
- それ以外の内臓は別でミイラに
これが第一段階です。
ミイラの作り方その2
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2、天然のソーダで脱水処理。
さあ脱水処理です!
これがないと腐ってしまいます、大事です。
ヘロドトスさんは、その材料も記してくれています。
曰く、エジプトでは材料のソーダが取れるそうですよ。
ソーダと言うと炭酸水と思いたいところですが、どうやら〝固形〟のソーダだそう。
固形の……ソーダ?
解釈によると、固形の「炭酸ナトリウム」だと思われそうです。
もしかしたら重層みたいなのかもしれません。
ヘロドトスさんは、固形のソーダとしか教えてくれていません。
興味を引く文化といて紹介しているだけなので、描写の細かさにも限度があるのです。
ひとまず、炭酸ナトリウムだとして想定してみましょう。
……実験によれば、40日くらい漬ければ人間サイズでも脱水完了だとか。
ヘロドトスさんは70日と言っていますが、これはミイラづくりの全行程と思われます。
少なくとも、「乾燥に必要な日数」から考えるとちょっと不自然。
ツタンカーメンみたいに急死してお墓がまだない場合、この70日の間にお墓を準備するということですね。
さて、ミイラ自体はこれで完成します。
しかしこれだけでは問題があるのです。
乾燥したら干からびて――形が歪んでしまうのです。
ミイラは新たな人生における入れ物。
旅立った魂の還ってくる場所です。
ちゃんと元の形に近いようにしておかないと、魂が迷子になってしまいます。
それを防ぐための仕上げをしましょう。
乾く前のひと手間です。
手順1でも、内臓を抜いた代わりに香料を詰めました。
こういった詰め物は、肉体と同じようには乾いて縮みません。
空っぽではぺったんこになってしまうお腹でも、香料を詰めれば形を保てるのです。
頬にも適度な詰め物をして、良い形に収まるように工夫します。
ただし、やりすぎ禁物です。
乾いた皮膚は縮みます。
だからこそ形が歪むのですが、縮んだ肉体に収まる容量は減るのです。
容貌を整えようと頬に詰め物しておいたら、縮んだ皮膚が突き破っちゃったとかね。
そんな話もあったり、ほら、埋葬した後もちょっと縮んで……。
ミイラの作り方その3
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3、包帯まきまき。
さて、整え終えたら包帯を巻きます。
これがね! 凄いんですよ、超大事!
巻くだけでしょ、なんて思っていたらとんでもない。
ここで上手く巻けるかどうかで、その後のミイラの命運が左右されます。
丁寧に巻いても中が骨だけ、なんて困る訳で……。
綺麗にお守りごと巻き込んで保存するのは、実は物凄い技術なのです。
ミイラづくりの技術が最高潮に至ったのは、第21王朝の頃。
紀元前1000年くらいのことです。
ちなみに、クフ王とかのピラミッドは第4王朝とかの話です。
なんと、紀元前2500年くらいです。
ミイラ技術の発達に、どれほど時間が掛かったかわかります。
それだけ繊細な技術なのです。
最初の頃は技術も発達途上で、上手く遺らないことも多かったようですよ。
イエス・キリストが生まれたと言われる二千年前と、現代の技術を比べてみれば一目瞭然。
ピラミッド時代と第21王朝の頃では、それは大きな差になるわけです。
……古代エジプト、どれだけ続いたというのか……。
そしてせっかく綺麗に残っていても、人為的に棄損されたものも多いです。
例えば、巻き込まれたお守り目当てに包帯を解く墓泥棒。
よくいますね。
また例えば……副葬品を取り外したくて、くっついたミイラを切り落とす研究者……。
現代では大顰蹙ですが、考古学にも歴史があります。
歴史の事実を慎重に追及するよりも、豪華な副葬品のゲットへの野望が脚光を浴びました。
そんな時代は……今よりもっと、墓荒らし的な側面も強かったのです。
ツタンカーメンのミイラも、そんな風にボロボロになったそう。
こう……埋葬する時に香料ぶっかけたせいで、ガチガチに棺や仮面にくっついていたそうで……。
そんな事件はありますが、それでも包帯まきは大事。
まずは残らなきゃ、何にも始まらないですからね!
古代エジプトのミイラの埋葬
![王家の谷の風景。](https://ikuchan-column.online/wp-content/uploads/2021/12/2305608_s.jpg)
さて、ミイラが出来たらお墓に入れねば!
……なんですが、この時、遺族に渡されるのはミイラだけではありません。
まず「遺体に触れたすべてのもの」、つまり、乾燥させるのに使ったソーダとかです。
毛髪の欠片とか、混じっているかもしれないので。
混じっていたらこう、本人の残滓みたいのが、あちこちに分散するので。
そしたらほら、本人に戻ってこようとする魂が……迷子に……。
という訳で、本体と同じくミイラにした内臓はもちろん、あらゆるものが引き渡されます。
一時的に詰めたものや、清めるのに使った油や香料もすべて。
色々と壺に詰めて引き渡され、すべてが一緒に埋葬されることになります。
迷子対策です。
もちろん、王や王族ならお墓も豪華!
内臓の壺だってお墓の内部で、専用の厨子に入れられていたりします。
広い部屋で近くに埋葬する方が、迷子対策も確実ですね。
この香料やソーダを「副葬品」と言うかは……難しいところですが……。
実はこれでも足りません。
ここまで念入りにミイラにしても、その後子孫の供養が行われなくなると、大変です!
戻ってきた魂が食事できないと、死んじゃう。
古代エジプトでは「生まれ故郷で死ぬのが一番」だったそうですが、供養の問題がないとは思えません。
周り見ていると不安ですよね! 既に供養されていないお墓なんて、いくらでもありますもの。
権力者であれば、政敵に追いやられても放置されるかもしれません。
そんな訳で代わりの人形を用意したり、呪文をあちこちに準備したり……。
お墓と供養する場所を分けて、墓泥棒対策したり……。
死後の世界でも楽できるように、代わりに働いてくれる人形を用意したりも……。
古代エジプト人、死後の世界への探究は永遠に続きます。
まとめ
![](https://ikuchan-column.online/wp-content/uploads/2021/12/98347_s.jpg)
エジプトのミイラは長い時間をかけて発達していきました。
最初は熱砂で自然発生したものも、数千年をかけて突き詰めていけば、どこまで美しく仕上がるのか……。
職人技の奇跡に興味が湧いたら、エジプトのカイロに行ってみると良いかもしれません。
いくちゃんは行きたい、エジプト文明博物館行きたい。
超行きたい。
あと……ソーダって凄いんですね……。
これもすべてナイルの賜物。
ヘロドトスさんのこの言葉は、本来地中海に近いデルタ地帯を指したものと思われます。
ナイルのお陰で豊かな緑が生まれ、安定した農耕がエジプト社会を育んだ。
しかしミイラだってナイルの賜物です。
ナイルの作ったエジプトの環境が、こんな文化を生み出したのです。
安定した日々、必ずやってくる明日……それはエジプト人の想像を掻き立て、必ず来る死後のための準備を磨かせました。
古代エジプト人は前向きでストイックですね。
死後のことばかり考えて悲観的、なんてとんでもない!
一生懸命頑張って、未来の安寧を確実なものにするために。
永遠に生きるかのように日々を積み上げ、明るい未来への準備を重ねました。
過去も現在も未来も、古代エジプト人にとっては一つながり。
彼らは果たして、良い来世を手にできているでしょうか。
一生懸命、生きたいものです。
この記事を面白い! と思ってくれた方は、こちらの動画もどうぞ!
ツタンカーメンのミイラの話や、墓泥棒の話もあります。
主な参考文献
笈川博一『古代エジプト 失われた世界の解読』(中公新書、1990年)
ザヒ・ハウス『黄金王ツタンカーメンの素顔-世界初のCTスキャン調査-』(2007年)
などなど!
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